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わたしと青い鳥

可愛いものやらスピリチュアルなことやら、好きなことを気の赴くままつらつらと。

長ーーーーい

最近ちょっと長々と書きすぎました。

我ながら引いた(笑)

 

私が言いたかったことって、ネットでどれだけ答えを求めても見つからなかったよーってことです。

ヒントはたくさんあったけど、結局自分に即した答えを外に求めても無駄だよって気付くまでが長かったってこと。

 

 お昼何食べようかって時に、ネット見たところで食べ物は出てきませんからね。

自分で何にしようか決めて買いに行ったからこそ(もしくはネットをぽちっとしたからこそ)、現実になる。

候補はたくさん挙げてくれるから、何がいいかを決めるだけ。

いやはや、シンプル!

だからこそ色々考えて遠回りするんだろうな。

そんな時こそ、何をどうしたいかはっきりしてみる。

どうありたいか考えてみる。

そして何より楽しむことなんだろうな。

 

今を楽しむって、どういうこと?って思いますが、楽しい嬉しいはもちろん、苦しい悲しいさえも楽しむ。

どれだけ慰めが入ろうが批判が入ろうが、私は悲しいし嫌なんだよ!!って喚いてみる。

何時間でも何日でも、気が済むまで自分に付き合ってみることって実はあんまり機会がないと思うんです。

仕事だったり学校だったりで、無理やりでも切り替えないといけない場面もあるし。

嫌な気持ちに向き合うのが嫌で遊びに逃げる。

周りのせいにする。

そうやって見ない振りをしたい気持ちは何でかな。

毎回それなら、一回だけでもやってみるのはどうだろう。

 

その時々に感じる自分の気持ちを味わうこと。

それがきっと生きるを楽しむってことなんだろうと思います。

 

約一年前にも

今に至るまでを以前にも書いておりました。

 

今までのこと その1 - わたしと青い鳥

今までのこと その2 - わたしと青い鳥

今までのこと その3 - わたしと青い鳥

 

すっかり忘れてた。

さすが鳥頭…。

 

 

さていよいよ転職してお局に出会うわけです。

まぁ叱られる。

以前の会社では起こったことは仕方ないという環境での仕事でしたが、お局は真逆でした。

失敗をすればずっと何故こんなことをしたんだ、どうしてくれるんだ、あなたが責任を取れるのかと責められていました。

彼女が求めていたのは私の謝罪と、そして泣くほどボロボロに折れることでした。

そして私はそれに真っ向から噛み付いたこともあります。

彼女の意図を感じ取っていたので、意地でも会社では泣くものかと思っておりました。

私の入社前誰も定着せず止め続けていたようで、とうとう上司から注意が入ったと聞いたことがあります。

そりゃそうだ(笑)

定時になって帰ったら叱るような人ですから。

★先輩より早く席を立つってどういうこと!?とのこと。(でも彼女もすぐ帰る)

 

 

嫌な人だなっていうフィルターを持って接していると、嫌な気持ちが増幅するような感じがしていました。

じゃあそうでなくなるようにするには?

私は「すっごい嫌いだけど、こいつが(この世に)いるってことは、誰かにとっていい面もあるのかもしれない。こいつから学べることがあれば、全部学んでからの行動でも遅くないはず」と思うようにしました。

周りの人全員が善人でって環境だとすれば、きっと良い人という概念もなくなるでしょう。

だってみんな良いわけだから。

良い人だ!って思うということは、嫌な人はこういう人だという概念を知っているからこそ。

必要だから存在するというなら、その嫌な人から学べるものを学んでさようなら!ってしてやればいい。

どうしても生理的に無理だわっていう場合は難しいですが、私は何とか良い面を見るように気をつけました。めっちゃ文句言いながら。そして今も言ってます。

 

結果、彼女は前回書いた私と同じだったわけです。

超ビビリ。

彼女は自分が傷付かないように、相手を傷付けて反抗心を折ろうと必死なのです。

そして変化が大嫌い。

変わるというのは安定から外れること。

何か未知のものに触れるということ。

それが本当に苦手なようです。

それは食事ひとつでも読み取れて、彼女はいつも同じメニューしか選択できないんです。

美味しくなかったらどうしようって不安になるらしい。

誰かが食べたら、頼んだら、じゃあ私も!って言える人です。

そんな彼女にとって、新しい社員は脅威でしかないわけです。

全然知らない人間と隣り合って仕事をしないといけないわけですから、座っているだけでストレスです。

大前提として変化したくないのですから、「私」を排除しようと揚げ足を取ります。

そして周囲に仲間を作ろうと、私の悪評をずっと言っていたよう。

私が気をつけていたのは、同じことをしないこと。

彼女と同じことをしたら、その時点で同じ穴の狢です。

私は彼女と違うんだと自覚するためにも、周囲に知ってもらうためにも同じことをしてはなるものか!と思っていました。

愚痴は友人や家族にそれはもう、たくさん聞いてもらってましたけど。

そして動じていることを悟られないようにすること。

でもまぁそう上手くいくはずもなく、私は2年くらい苦しい思いをしてました(笑)

不眠になったり胃を壊したり。

くっそくっそ、あのBBAめと思っては、

 

どうせあいつは先に死ぬんだからな…!!!!!

 

と物騒なことを思ってやり過ごしていたのです。

ロケットで飛ばすイメージやらなんやら一通りしました。

塩まじないもしたなぁ。

全然変わらなかったけどね!!

 

 

でも習い性ってすごいです。

私にとってはクズでも、誰かにとって必要な人だし良い面もあるはずと思えば、最初に非難の言葉は出てこなくなる。

私はそんな好きじゃないけど、でもこういうところはいいよねってなる。(でも嫌だけどねーって続きますが)

ならない人は好きも嫌いもなくて「どうでもいい」。

そう極端な話、生きてようと死んでようとどうでもいい存在になるのです。

好きの反対は無関心。まさにこういうことかもしれません。

だから数日数週間で、叶わない!って辞めちゃうのはもったいないかもねと思ってます。

それを学べたのもこのお局だったからです。

癪ですけど。

あと自分が嫌いというのがどうにもならなくて仕方なかったとき、私は周りを利用しました。

以前書いた通り、こんな私と友達でいてくれる周りの友人はすごいと思ってます。

そんな人達に会いたいなって言ってもらえてるって、少なくとも私にはそれだけの価値があるってことです。

そこに応えたいから、友人のために私なんて…って言いたくないなって思うようにしていました。

 

 

 

お局が私という変化を受け入れてくれるまで、私がお局という存在を許すまでの期間、それはもう色んなサイトを見ました。

職場の環境上、彼女の健康面か家庭での問題が起こらない限りお局の退職はあり得ません。

その部署での採用なうえ、定年も見えているので異動はもっとあり得ません。

だから彼女がどこかへ異動しますように☆っていう願いは毛頭浮かびませんでした。

仕事で願いはどうしようもない。ならばプライベートでの充実を図るには、痩せるには、お金持ちになるにはって方面で読んでました。

でもどれもざっくりしていて遠回りな気がして、全然ピンと来ない。

よくあるアファメーションも、何だそれ面倒くさ…と思って続かず。

自愛もよーしよし!と自分を可愛がると同時に「馬鹿め!思ってもないくせに!偽善か!(゚∀゚)」という強い批判の声も味わうという羽目になり。(そして(゚∀゚)に負ける)

あゆおさんのブログ(自由でたのしい毎日)に出会ったのはそんな時です。

ちょっと切り口が違ったので、読んでいて新鮮でした。

宇宙とか出てこない(笑)

スピ系のブログって、宇宙とか愛情とか良く出てきますね。

こんだけ煩悩にまみれて人の愚痴ばっかり言ってる人間に、どれほど規模のでかいものを伝えようとしているのか。

いなかっぺは最初にハイブランド路面店じゃなくてイオンがいいんです。イオンの専門店で探す方が取っつきやすいんです。

 

 

何でもそうなんですけど、少なくても私はひとっ飛びでプラス面に展開したい。

辛ければ辛いほど、劇的な逆転を求めました。

お金がなければないほど棚ボタな臨時収入を欲したし、地道な努力なしの減量を求めたし、ドラマのようなイケメンかつ石油王との出会いを望みました。

だからこそ叶わない現実に苦しむのです。

実現報告とか見ていても、数日アファメーションしたら好みの男性に出会いました☆とかリストアップしたらほぼ当てはまる人と付き合うようになりました☆とかありますね。

見るたび「ねーーーーよ!!!!!!!!」と瓦割りしそうなくらいの勢いで机を叩く日々。

何がその人と私を隔てているんだ。

何が違うというんだーーーー!!!って思ってた。

そんな時はですね、まぁ好きな飲み物でも飲んで好きな歌でも歌って発散しましょう。

こう言われたらそんなことしてる場合じゃない!うるさい!って以前なら思ってたけど、本当に?

 

だって何も変わらないんでしょ。

何を読んだって、何をやったって、変わらないんでしょ。

なら歌ったっていいじゃん。何も変化ないのは一緒なら、少しでも美味しいもの飲んで食べてってした方がいいじゃん。

嫌なら寝ればいいし、走りに行けばいいし、泣けばいいし。

なーんも変わらないなら、何したっていいでしょ。

 

今はこう思ってます。

人生を好転せねば…!と思っているときって、今の自分が許せない。

そう、(゚∀゚)

また会いましたね、お馴染み駄目出しです(゚∀゚)

駄目だ駄目だ、今の自分の状況は許せないって思っている立ち位置をずっと守っているのは私です。

何したって変わらないって決め付けてるなら、それでも強く変わってほしい変わりたいと思うなら、ちょっとだけホッとしてみる時間があってもいいかなって思います。

それからでも遅くないし。

 

 

自分の生活で繰り返し行って来たこと、色んなブログやらまとめや本を読んで学んだこと。

周りの人達から得たもの。

自分が面倒臭いと敬遠していた「継続」を知らずしていて、そしてほんの数ミリずつでも変化していたわけです。

まぁお金持ちにはなってないけどね!!

振られたけどね!!

それでも落ち込まずに、人生そこそこ楽しいなと思えているのは大きな変化かな。

プライドがチョモランマ登って降りてこない系

私はとにかく言葉がきついです。

理詰めする。

やんわり伝えることを知らないタイプです。

理詰めすることに対して、私は当然でしょ?っていうスタンスでいました。

 

 

シータヒーリングを受けた際ヒーラーさんに言われたことのなかで、ずっとよく分からないなーと思っていたことがあります。

 

「素直と正直は違うからね?そこちゃんと認識しようって言ってるよ。全部言えば良いってもんじゃないって」

(シータヒーリングは創造主という存在に繋がって、ヒーラーさんはその通訳(?)的な役割を果たすというポジションです)

 

そう言われたとき、どういう意味だろう?と思ってました。

素直と正直が違うって、何となくは分かる。でもどう違うんだろう。

何で教えてくれないんだろう。

 未だに覚えているということは、何気に引っ掛かっていたんでしょう。

 

 

 

以前いた会社での4年弱で、私は自分に対しての試行錯誤をし始めました。

仕事をする中で、自分の思ったように進まなかったとき「どうしてそんなことをしたの?」と先輩だろうと上司だろうとなんだろうと食って掛かってました。

そして逆ギレされると、どうして間違えてるお前が怒るんだよと更に怒るという(笑)

でも私のほかの女性社員は、同じ状況になっても怒らないんです。

おっさんに対してめっちゃ優しい。あしらい上手。

そういう女性の方が重宝されるし、雰囲気も和らぐ。

すごいな、こうありたいなって思いはあるものの、私はどうしても同じようになれなかった。

相手のミスを許せないし、自分のミスはさらに許せないし、それでもミスする自分は何て無価値なんだと苦しみました。

物騒だけど、一番死にたいと思ったのはこの時期かも。

死にたいというか消えたい。地球爆発してくれ。いっそ割れろと毎日思ってた(笑)

 

そんな私の上司は結構なセクハラパワハラ(というか小学生の悪戯レベル)をする人でしたが、私のことを駄目な奴なりに伸ばしてくれた人でした。

その会社で働く上司や先輩に共通していたのは、「起こったことは仕方ない」精神です。

なぜどうしてこんなことをしたんだと、しつこく言われたことがない。

起こったことは仕方ないから、今出来る最善を目指そうっていうフォローをしてくれました。

そこで「ミスをするのはお互い様」と言葉にせずとも示して、それが当然としている姿勢にとても救われたのと同時に、私もそうありたいと思いました。

だからといって他人に対して寛大になれるかと言うと、それはまた別でしたけど(笑)

 

その上司が担当する会社に対してミスをしたとき、上司にどう切替えしてるんですかと聞いたところ、

上「何か起こるとワクワクする。これからどうしようって」

私「えー、どうしよう!!!って焦りませんか?すごい怖いし」

上「それも全部引っ繰り返すチャンスだって思う。これを乗り越えたらすっごいチャンスになるから、踏ん張ろうって思うよ」

このやり取りは本当に些細なことなんですけど、なんて野郎だ…!!!!!と思ったのを覚えております。

全然仕事しない人間だけど、ここは見習おう(酷い)と。

 

 

この間も何でモテないのかなとか彼氏とすぐ別れるのは何故だとか、デブまっしぐらだったりずっとお金なかったり、その辺は相変わらずなんですけど。

最終的には仕事がハードすぎて退職に至りますが、仕事を通して他人とのギャップに苦しんで、どうして自分のプライドはチョモランマから下山しないのかとすこーしだけ立ち位置を引いて見るようになりました。

どうして高圧的な言い方になるのか。

相手をコテンパンにしないと気が済まないのか。

どうして相手が間違えるのは駄目で、自分の間違いは仕方ないと思うのか。

もしかして

もしかして

 

超ビビリ…

 

そうです。下山できないのは超ビビリだったから。

何も才能がなく仕事も出来ない私は、自分が攻撃される前に攻撃しないと自分のなけなしの価値をボコボコにされる!!!と怖かったのです。

無価値だと自覚せざる得ない状況に、どうにか陥りたくなかった。

あと自分を誇張していたのは、相手に認めて欲しかった。

この辺りは親関係の由縁を感じずにはいられませんが(笑)、出来栄えがどうであれ良くやったね!と言われたかった。

最近良く聞きますね、承認欲求

他人にどれほど求めて認めてもらっても、結局自分が承認しないと満足することがないのが落とし穴ですけど。

 

 

本当に自分は出来ない人間でどうしようもないんですって言ったら攻撃される?

そんなに周囲は敵意に満ち満ちているのか。

そもそも私ごときに構ってるくらい暇なのか。

ずーーーっと繰り返し問答をしてました。

 

 

出来ないことを出来ないと言ってみる。

やりたいことをやりたいと言ってみる。

嫌なことは嫌と伝えてみる。

他人にストレートに言っていいことか、一旦考えてみる。

毎日毎日些細なことを自省して、ほんの少しでも手を変え品を変え、チャレンジしてみました。

こう書くと大袈裟だけど。

たとえば悩み相談をされたとき、「それは駄目だろー!」と言っていたことがあったとしたら(不倫でも何でも、マイルールに反する内容だとする)、「そうか、私はあんまりオススメしないけど、あなたはどう思ってる?」と言い方を変えてみるとか。

最初はもどかしくてイライラしてました(笑)

今まで自分の意見が正しいとばかりに押し付けてただけに、やんわり妥協点を探る方法に慣れるまでがちょっと大変。

自転車乗り始めのように、良く転んでた。

 

冒頭のヒーラーさんのお言葉。

こういうことを指していたのかなって思います。

その人にとって必要な言葉を見つけることは、自分のためにもなる。

自分をごり押しすることしか知らないのは、逆に自分を傷つける。

ストレートに伝えて受け取れる状態の時と、そうでない状態の時。

それを見極めたり探ったりって、相手のためでもあるし自分にも返ってくる。

 

そんな試行錯誤をしながら、現在の会社へ…。

そう、あのお局達との出会いがあるのです。

魔法みたいなものではなかった

引き寄せって、良いことを思えば良いことが起きるよ!逆も然りね!って法則だと思っておりました。

それってずっと良いこと思ってれば、私幸せになれるんじゃん?って解釈しておりました。

そこから長かった…(笑)

だってずっと良いこと思うって、普通に無理だもの。

歩いてて誰かの鞄がぶつかれば嫌だし、先輩に嫌味言われたら腹立つし。

自分が何をどう思って感じているかをよく知っているわけでもないので、良いことを思えば…なんて土台無理だった。

魔法みたいに魅力的な引き寄せの法則は、とてもそんなものではないと知るのです。

 

 

そこからセミナーに行ってみたり(何かぼんやりした話で終わった)、シータヒーリング行ったり(ちょっと面白かったので基礎は取得したけど、そこで満足して以降さっぱりしてない)、ヒプノセラピー受けてみたり(過去生の存在有無はさておき、私の悩みの解決には至らなかったアプローチだった)、まとめを読み漁ってみたり。

心理学勉強してみようと学校行ったりもしました。これ最初にすれば良かったなって思った(笑)

 

 

いろんな方のブログやまとめを見ている中で、私は何を求めて読むことが多いかなぁと思い返していましたが、すごい些細なことを求めてるんですよね。

 

何故か上司に私ばかり嫌味を言われるんですけど、ストレスを受けないようにどうすればいいですか?とか。

合コン行っても私ぜんぜんモテないんですけど、どうすればいいですか?とか。

彼から連絡が来ないんですけど、2回以上送るのってしつこいですか?とか。

 痩せたいんですけど食べるの止められないんですとか。

 

 

知らんがなっていう不安の答えを求めてネットの海を徘徊しておりました。

ストレスなんて運動して発散したら?とか無視したら?とか書いてあったところで「それ私には出来ないんだよ!運動したってリフレインするんだよ、あのおっさんが!!」と思って終わりです。

これでモテる!っていう方法があればみんなしてるに決まってるじゃんと今なら思います。

彼から連絡来ないのは何故だか分かりません。知ってるのは彼のみです。

食べるの止められないって、痩せたいの?痩せたくないの?運動する?それも嫌なの?痩せたいの?やせry

今は食べることに大した執着がなくなるなんて、数年前の自分はきっと有り得ない!!と言うことでしょう。絶対言う。腹八分目最高なんて、洗脳されてるに違いない…!と言う。

 

 

悩み始めると規模が大きくなってくる割に、視野がとっても狭くなってくるような気がします。

当時は嫌なことが起きたら、一日全てが嫌。

良いことって言えば寝ることくらい。

これは当然のことで、眠れば私の意識も眠るからです。

(゚∀゚)こいつが寝るから楽しみ。

そんな毎日でした。

 

 

私は色んなジャンルの悩みで共通して出てくる「私は駄目だ」精神が本当に辛くて、ここをどうにかすれば全体的に悩みのウエイトが軽くなるのでは!?と思いました。

実際そうかもしれません。

自分が嫌いだって思いは最初のほうに気付いておりましたが、自分のことが嫌いと言っている自分に、もう1人の自分が「何でそんなこと言うんだ!」と言っているのにはなかなか気付いておりませんでした。

気付かない私は何から始めてたかな…。

他人から「可愛いね!」とか「すごいね!」って言われたら、「ありがとう!(*´∀`*)」と返すように心掛けました。

小さいことではありますが、私はこれらを全て「そんなことないよー!!全然!ぜんっぜん大したことしてない!」と全力で受取拒否をしてたので。

 

 

そして私が今もだけど、当時死にたいと思うくらい苦しかったのは

「他人に高圧的な自分」でした。

母にしょっちゅう叱られてた。

今直せ!年齢重ねたら性格変わらないよ!って。

偉そうに言うな(本人自覚無しな時もある)、言葉がきつすぎる。

そんなのでよく友達は怒らないね?って良く怒られてました。

今も直ってないと思いますが、多少丸くはなったかな。

なっていると信じたい(笑)

 

きっかけ

そもそも、引き寄せやらスピリチュアルやらに片足(?)突っ込んだ経緯って何かな?って思い返しておりました。

 

こういうジャンルに触れる機会って、ざっくりこの4つかなと思ってます。

①人間関係

②お金

③恋愛

④その他(ダイエットなどなど)

もちろん他もあると思います!

むしろ多方面かと思いますが、全然浮かばない!(笑)

 

 

私は上記4点漏れなく全部で悩んでおりましたし、今も悩んでます。

占いに始めて行ったのは「いつ出会いがありますか?」とかそんなので10代の終わりくらいでした。

そして大学時代はそれくらいなもので、就職をして仕事をする中でスキルアップをしたいなと思っていたりして過ごしていたんですけど、どうにも閉塞感が否めない。

彼氏もいない。(20代はほとんどいなかった)

色々と交友関係の幅を広げていくと、自分が素敵!と思う同性が現れました。

こうなりたい!こんな風に生活したい!って思わせてくれるような女性。

そこで愕然とするわけです。

自分とその人たちとの大きな差に。

そしてずっと抱えていたコンプレックスを思い出したこともあって、どうにかしないと!と右往左往して、こうやってスピリチュアルなジャンルに触れたんだったかな。

学生時代から友人関係が上手くいかなかったのもあって、自分に対してのコンプレックスは人一倍あります。

外見も性格も。

どうしようもない声でさえ好きじゃありません(笑)

 

 

もっと痩せていれば

もっと可愛ければ

もっと寛容であれば

もっと頭がよければ

もっとスポーツが出来れば

もっともっともっと!

 

 

私のもっとこうであればという欲求は底知らずです。

積極的であればと積極的に話しかけたら(出しゃばりすぎた…)と落ち込み、逆に控えめであればとしたら、私はこの場に必要か?と思うくらいに居場所をなくしてしまっておりました。

ちなみに自分の意見を通さず何でも流されるのが好きじゃないので、後者になれば周囲にも興味を持てなくなってその場から離れることが多かったです。

そして居場所がないなって思うし、忍耐力とか探究心とかもないなと思う。

 

 

こう…ちらちらと見え隠れする駄目出しくん(゚∀゚)がおりますね。

両親に褒められた経験が少ないからだー!!と声高に言うつもりはありませんけど、まぁ褒められなかったな。

すごいでしょ!って言っても、まだ上目指せるでしょ?とかやれば出来るんだからやんなさいよ(私としては充分頑張った後の言葉)などは良く言われてました。

親としては本当にやれば出来ると信じてくれていたからこそでしょう。

なので責める気持ちなんてこれっぽっちもなかったけど、もうちょっと褒めた方がいいかもなーとは思います。

私みたいにややこしいのが育っちゃう(笑)

自我が芽生え始めて自分と家族を認識し、自分以外の存在が増えていく。

その都度私は他人と自分との差に対して

「他人はすごい。自分は駄目だ」

という受け取り方をしてたようです。

そして勿論それに対して「何でだよ!!私だって私なりに頑張ってるよ!」という反抗心もありました。

その反抗心は他人に対して攻撃的に接するという表現になって、良く揉めました。

いやいや本当に良く揉めた。

 

 

価値観の構成ってきっと家族を含めた環境要因が結構な割合を占めていると思うけれど、どんなことがどう影響しているかなんて絶対分からない。

分からないことを決め付けて、親のせいだ!学校のせいだ!と喚いたところで徒労に終わるってもんです。

でも私は責めました。

いじめにあったのも学校行けなくなったのも、みんなクラスメートが悪い!そして私がこんな人間だからだ!!って存在するもの全部責めました。

学校に復帰して何事もなかったように高校も大学も楽しく卒業して、一旦は私の中で治まった自分と周囲に対するコンプレックスが再燃したとき、私は過去を責める選択肢を取りませんでした。

取らないというより、取りたくなかった。

過去を思い出すのが嫌過ぎて、そして責めたところでどうにも変わらない過去なら今と未来にアプローチしたいなと思ったから。

 

 

そんなこんなで私はひょんなことから引き寄せを知って、魔法みたいだひゃっほう!とびっくりするくらい無防備な形で片足を突っ込むのでした。

TGIF!!!

ひゃっほー、晴天の金曜ですよ!

基本的にテンションが低め、省エネタイプな私ですが、心の中はランバダ踊ってるくらいには元気です。

 

ランバダで思い出しましたが、最近お袖どうしたの?っていう服が多いですね。

フラメンコでも踊るのか?ん?って思って見てます。

あと肩出してるやつ、お局2号(来年50歳)が着てきたときはどうすれば…って思いました。(1号が「出しちゃ駄目だ、あんたは」とオフショルダーをオンにしていた)

 

 

 

さてさて、失恋ネタを引き続き。

失恋にもいろいろあるとは思いますが、失恋というだけあって、私は好きだけど彼は…ってパターンで使用することが多いかと。

自分が相手のことを好きじゃなくなった時って失恋って言わない気がする。

単純に「別れた」って言うかな。

その失恋したときに、相手に対して「もう一度戻りたい!」って思うこともありますね。

今回も少なからず思いましたが、最初に振られた時ほどはありませんでした。

諦めもある。

日常に組み込まれていた存在が無くなるっていうのは、本当に怖い。

私は特に失うことに対しての恐怖心が強いので、やっぱりどうにか連絡を取れないかなとか思っておりました。

そして出てきたやつに気付くわけです。

 

そう…あいつです。

 

 

( ゚∀゚)「未練がましいぞー!!また元の木阿弥になるぞ!さっさと切り替えできないなんて、やっぱりお前は駄目だな」

 

 

意気揚々と出てきやがりましたよ、駄目出し野郎!!

しかしこいつが出てきたってことは、チャンス!

私は未練がましく以前のような居心地よさを求めていて、いまだ立ち直っていないという気持ちを抱えているわけです。

そうです。

そう感じてるんだから何が悪いんだ!ってまるっと開き直るチャンスです。

私がそう思っていることと、私の価値は関係ない。

ごろんごろんとベッドを転げながらも、しんどい思いを抱えてみております。

考えずにはいられないッッ!っていうならそれも良し。

気が済むまで考えてやるよ!っていう勢いです。

ちょっと意外な自分に驚きつつ、土日はお掃除に勤しみたいと思います。

ポジティブとネガティブ

ネガティブの何が駄目なんだ!という意見を見つけた。

 

 

うーーーん???(´・ω・`)

 

 

駄目かね?

どうして駄目だと思うことにそんなにお怒りなんだね?

 

 

ネガティ部に所属している(と自覚している)私といたしましては、不思議なわけです。

もちろん分かる。

だって存在否定されてる気持ちになるもん。

でもですね、同時に思うわけです。

 

 

関係ないじゃん?って。

 

 

ネガティブってちょっとなーって言ってる人と、ネガティブな人の価値観が合致してようがしてまいが「関係ない」

ネガティブが駄目だろうと自分の価値と「関係ない」

世論と自分のズレを感じようと「関係ない」

 

 

それにポジティブな方も絶対悩むと思うんだけどなぁ。

今まで悩みなんてありません!って人がいないのは、みんな分かっているはず。

そういうと「でもその人と私は違うもん!」ってよく言われます。

 

 

そうだよ???

 

 

何を一緒だと思っているんだ。

違うに決まってるし、どれほど努力しても「誰か」と同じ人間になんてなれないぞ?

すごいとこ目指してるなって思いつつ、聞いております。

しかしながら私もすっごい思ってた。

無茶言うな!って思ってた。

 

 

ネガティ部からするとですね、ポジティ部の落ち込みなんぞ数ミリ単位に見えるわけです。

右見て左見て、もう一回右見たらお悩みなんてどっか行っちゃった☆ってレベルに感じるんです。

私なんて食べれらなくなるし寝れなくなるし死にたくなるし、数日、数週間数か月単位、数年単位で悩んでいるというのに…!!

 

いやいや凄いよ。

この決めつけ。

私すごい。

他人の脳内やら心の内なんぞ見えも聞こえもしないというのに、「こうである!こうに違いないのだ!!」と思ってる。

何を根拠にだって話ですよ。

おこがましいにも程がある。

他人と自分の境界線無さすぎ。

俺がお前でお前が俺でってスタンス強すぎ。

 

 

私がネガティ部に属しつつも気にしなくなった経緯はさておき。

 

ネガティブってちょっとなって言われて、ムッとする。

それってどうしてかな。

そんなことないよ!って相手に言いたくなる。

それってどうして?

その時感じた気持ちが自分の気持ちなわけです。

以前書いた通り、怒りは第二感情だからムッとした気持ちの底に自分の期待があるはず。

相手に怒りを表現する前に、そこを見てからでも遅くないんじゃないかなって思いました。

その些細な心の動きが、自分を変えるきっかけになるかも。